春雷【米津玄師】歌詞の意味を考察!初恋を歌う”春雷”は米津玄師の思春期を歌っている?

今回は米津玄師のメジャー3枚目のアルバム『BOOTLEG』に収録された「春雷」の歌詞考察をお届けいたします。

「春雷」はYouTubeで公開されたMVが1億回以上の再生回数を突破しています。

春雷とは立春の頃の春の到来を告げる雷のことです。

初恋が訪れた時の心の痛みを春雷に例えているのかもしれません。

誰にも訪れる初恋の胸の響きが歌詞から聞こえてくるような歌です。

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では早速歌詞の考察をはじめます。

春雷 歌詞考察

嵐の中の雷

現れたそれは春の真っ最中 えも言えぬまま輝いていた
どんな言葉もどんな手振りも足りやしないみたいだ
その日から僕の胸には嵐が 住み着いたまま離れないんだ
人の声を借りた 蒼い眼の落雷だ

どんな言葉もどんな手振りも足りない輝きを感じるあなた。

そういう人が主人公に突然あらわれます。

「僕」の心にはあなたと出会った春の日から、心がざわめき嵐が吹き荒れています。

そしてその衝撃は嵐の中の落雷のようです。

シンプルでいながら深い表現ですね。

雷におちたような恋というのはいつの時代もある表現ですが、米津玄師の歌詞の世界では心の中に嵐がおきています

なにかを伝えようとしても、表現できない

心を揺さぶられながら、どうすることもできないのです。

揺れながら踊るその髪の黒が 他のどれより嫋やかでした
すっと消えそうな 真っ白い肌によく似合ってました
あなたにはこの世界の彩りが どう見えるのか知りたくて今
頬に手を伸ばした 壊れそうでただ怖かった

黒い髪の毛が風になびいています。

その黒に対して真っ白な肌のあなた。

コントラストの効いた写実的な描写ですが、心を奪われた僕がなんとか表現しようとしているあなたがここにはいます。

でもその姿はすっと消えてしまいそう。

描こうとしても描けない。

そういう表現ができそうでできない想いがこの歌詞からは感じられます。

恋をすると、相手が何を感じているのか気になります。

だからあなたにはこの世界の彩りがどうみえているのか知りたい。

そう主人公は思っています。

そして今、恐る恐るその頬に手を伸ばします。

だから落雷が落ちたように恋に落ちたのは過去で、そこからようやくあなたの頬に手をのばしたのです。

でもそれはあくまで恐る恐る。初恋だから恋に慣れていないのです。

恋に振り回される主人公

全てはあなたの思い通り 悲しくって散らばった思いも全て
あなたがくれたプレゼント
ゆらゆら吹かれて深い惑い 痛み 憂い 恋しい

恋というものは難しいものです。

自分が相手に対してわがままになったり下手に出てみたり

相手に愛されたいと思えば思うほどどうしてよいかわからない。

だからすべてはあなたの思い通りのように感じられてしまいます。

ちょっとした行き違いで傷つくのも恋だから。

ちょっとしたことで落ちこむのも恋をしているから。

だから心の中にある嵐のような恋心はすべてあなたを恋した代償なんです。

そんな恋心の中に主人公はいます。

言葉にするのも 形にするのも そのどれもが覚束なくって
ただ目を見つめた するとあなたはふっと優しく笑ったんだ
嗄れた心も さざめく秘密も 気がつけば粉々になって
刹那の間に 痛みに似た恋が体を走ったんだ

あなたに対して何を伝えてよいかわからない。言葉にも形にもできない思いがあります。

だからただ目を見つめてみた。すると相手が笑ってくれた。

雷にうたれたような恋心がさらに深まっていきます。

抜け出せない恋

深い惑い痛み憂い繰り返し いつの間にか春になった
甘い香り残し陰り恋焦がし 深く深く迷い込んだ

片思いの時期なのでしょう。

一方的に恋心を抱けば抱くほど、どうしようもない深みにはまります。

恋が愛になっていくのはふたりの心が通じているから。

でも片思いならうまくいくかもしれないという希望とうまくいかないかもしれないという絶望の間で揺れ動きます。

だからこの歌は片思いの歌だと言えるでしょう。

花びらが散ればあなたとおさらば それなら僕と踊りませんか
宙を舞う花がどうもあなたみたいで参りました
やがてまた巡りくる春の最中 そこは豊かなひだまりでした
身をやつしてやまない あんな嵐はどこへやら

春は出会いと別れの季節と言います。

だからこの歌ではあなたに春に出会い、そして別れも春なんです。

でもどうせ季節がめぐって離れ離れになってしまうなら、僕と踊りませんか? と主人公は言います。

この場面では主人公があなたに告白をしたのでしょうね。

片思いの嵐も消えて、今は穏やかなひだまりの中にいます。

でもこの穏やかさはいったいどこから来ているのでしょう?

恋が実ったのでしょうか?

帰る場所とは?

まだまだ心は帰れない その細い声でどうか騙しておくれ
カラカラに枯れ果てるまで
ふらふら揺られて甘い香り 残し 陰り 幻

ここで帰る話が突然でてきます。帰る場所とはどこでしょうか?

故郷でしょうか? あなたのもとへでしょうか?

でも、まだ帰れない。”カラカラに枯れ果てるまで”という表現がどこかなにかをあらわしているように思えます。

聞きたい言葉も 言いたい想いも 笑うくらい山ほどあって
それでもあなたを前にすると 何にも出てはこないなんて
焦げ付く痛みも 刺し込む痺れも 口をつぐんだ恋とわかって
あなたの心に 橋をかける大事な雷雨だと知ったんだ

好きな人の前では言いたいことも言えない。いろんなことを考えるけれど表現できないのです。そして”あなたの心に橋をかける大事な雷雨だと知った”

あなたの心に橋をかけるとはどういうことでしょうか?

筆者はここで、作者にとっては歌を歌うことがあなたの心に橋をかける行為だと気づいたのではないか?と考えます。

人の表現衝動はどこから生まれるのか?

好きな相手に何も伝えることができない。

そういう臆病な初恋に陥った経験は誰にもあるかもしれません。

でも思いを遂げるには、気持ちを伝えるしかない。

この歌の作者・米津玄師にとっては歌を歌うことこそが思いを遂げる方法でした。

そして遠い昔、思いを伝えたい相手がいたことを歌い、思いを歌うことで伝えることができた。

もちろんその相手は当時の初恋の相手ではないかもしれません。

でも今の自分は穏やかな春の中にいる

嵐は通り過ぎたのです。

でも米津にとってはあなたとの出会いがあったからこそ歌が生まれていることがわかっています。

春雷の指すもの

言葉にするのも 形にするのも そのどれもが覚束なくって
ただ目を見つめた するとあなたはふっと優しく笑ったんだ
嗄れた心も さざめく秘密も 気がつけば粉々になって
刹那の間に 痛みに似た恋が体を走ったんだ

この歌では最初に誰かになにか自分の思いを伝えたいという初恋が春雷として歌われています。

それは人が歌を歌う意味そのものなのかもしれません。

米津玄師という人が嵐のような思春期を通り越して、自分の歌を歌えるようになったその根源となる体験が音楽から響いてくるようです。

そしていつか”カラカラに枯れ果てるまで”故郷や昔いた場所へ帰ることはできないと考えています。歌い続ける道に彼はいるのです。

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さいごに

いかがでしたか?

思春期にはさまざまなことが起こります。

それは本当にまるで嵐のようです。

でも自分の思いをいつか表現できるまでには長い時間がかかるのかもしれませんね。

いつか言葉が届けばいいと思います。