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mother【藤原さくら】の歌詞を考察!藤原さくらの考える「愛」とは?

炭酸飲料水「スコール」の50周年記念のキャンペーンソングとして書き下ろされた藤原さくらの最新楽曲『mother』。

母親の胎内にいるようなあたたかさ、湿度の高い優しさ。

今までになかった藤原さくらの新しい世界を感じられる楽曲に仕上がっています。

藤原さくらは、『mother』の制作にあたり、

”愛は、見守って水を与えることという言葉が好きです。見返りを求めるばかりは、なんだか悲しい。 見失ってしまうこともあるけど、自分が優しくなれる思考を選択したい。私が今思う、愛の歌です。”

とコメントしています。

『mother』に込められた藤原さくらの愛への思いにも触れつつ、歌詞考察をしてきたいと思います。

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motherの歌詞考察

どこかで出会えそうな予感

やさしい雨が わたしを何処かへ
連れてった 連れてった 連れてった

遠くの街の ネオンが光っては
揺れて 揺れて 君になっていく

「やさしい雨」「遠くの街のネオン」。

少しばかりの憂鬱さが含まれている、人生のワンシーンを想起させるような冒頭の情景描写。

MVでは藤原さくら自身が、車に乗って緑豊かな草原に向かっていく様子が映されています。

優しい雨に連れてこられたわたしと、遠くの街で光るネオンと融合してしまった君。

この二人が、どこかで出会えそうな予感が静かにたたずんでいます。

豊かな自然を愛に例える

少し遠いな なのに触れてる
風と森なら ひとつになった
with all my love

「少し遠いな」とは、「わたし」と「君」の距離のことでしょうか?

ぼんやりとしていても、何か大事な存在同士がお互いを探し合って「触れている」状態を感じられます。

ここで登場する「風と森」。

まさにMVで藤原さくらが歌っている周囲を囲む自然たち。

当たり前のようにそこに存在している自然と「愛」を重ねているようにも感じられます。

「with all my love」と添えられた英文も、美しいです。

愛とは与えてゆくもの

水を与えて
何とはなくても包まれて
潤って 目を閉じる
満たされていくようだ

ひとつ唱えて
みっつくらい 泣いても
溶けたのは 深い青
雨は上がっている

「水を与えて」という言葉から、藤原さくらの「愛は、見守って水を与えることという言葉が好きです。」という制作時のコメントが思い出されます。

愛は与えた分だけ失うものではなく、与えた分だけ自分自身が満たされていくもの。

そんな強い「愛」の形が感じられます。

「ひとつ唱えて」とは、何を唱えたのでしょうか?

たとえば昔、母親が子供に「痛いの痛いの飛んでけ」と呪文を言うことは無かったでしょうか?

友だちや恋人から「大丈夫だよ」と寄り添ってもらう経験もある人もいると思います。

根拠はなくても「あなたに幸せになってほしい」という思いは不思議と叶えられます。

そんな愛情がここには綴られているように思います。

消えていっても残るもの

小さな泡が 身体を包んで
消えてった 消えてった 消えてった

朝を迎えて 少し思うの
分からないのが 嬉しいなんて

二番の歌詞に差し掛かると、MVの風景は都会のビル群の中に。

その中で藤原さくらが変わることなく優しく歌い続けます。

「消えてった」と名残惜しい言葉が放たれますが、どこか安心感の残る感触があります。

誰かにもらった愛情、または、与えた愛情は、出来事としては消えていくけれど、人の記憶の中に永遠に残り続ける。そんな印象を抱きます。

「分からないのが 嬉しい」

この歌詞にも豊かな意味が込められていると予想されますが、ただそこに存在しているだけでもあたたかな愛情に包まれている安心感を抱きました。

存在意義がわからなくてもいい。

そんなメッセージも隠れているような気もします。

「深い青」と「深い赤」

水を注いで
何とはなくても包まれて
抱かれて 目を閉じる
満たされていくようだ

ひとつ唱えて
みっつくらい 笑って
溶けたのは 深い赤
私の中を流れる

二番目のサビ。

MVでは、草原の中で生活を送る家族の姿が。

子どもを叱ってしまった母親、座り続ける父親、泣く子どもの影らしき姿が見えます。

一番のサビと異なるのは「溶けたのは深い赤」という歌詞。一番の「青」に対して対極的です。

どことなく「青」は涙や静けさ、「赤」からは血や情熱を感じられますが、人生にはどちらの色も必要ではないでしょうか?

どちらも痛みと幸せの両方を含んでいますが、それらを凌駕していくのが「愛」というメッセージなのかもしれません。

愛は水のように際限なく、めぐるもの

共に歩んで
時が来たら 還ってく
抱かれて 目を閉じる
満たされていくようだ

水を注いで
静かな宇宙 仰いだ
溶けたのは 深い愛
繋がっているようだ

「時が来たら 還っていく」というのは「死」ということでしょうか?

藤原さくらが考える、誰かとの「愛」の中には、前提として「別れ」も含まれているのかもしれません。

同時に、ここで「水」が「愛」のメタファーになっていることも理解できます。

与えてもなくならず、地球全体をめぐり続けているもの。

死んでもなお繋がり続けるもの。

藤原さくらが綴る「愛」の大きさを体感しながらも、陽の光を浴びる藤原と、あたたかな家庭が営まれる家族の姿が映されるMVを見ていると、魂の底からじんわりとあたたかくなるのを感じられます。

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おわりに

藤原さくら『mother』の歌詞考察を行いました。

実力派シンガーソングライターとして人気な藤原さくらの新たな新境地を見られる『mother』、ぜひご視聴ください!