灰色と青【米津玄師】歌詞の意味を考察!菅田将暉さんとの奇跡のコラボで話題!

今回は、米津玄師さんと菅田将暉さんによるツインボーカル楽曲である「灰色と青」を考察していきます。

奇跡のコラボはどのようにして実現したのか!

この曲は米津玄師さんから菅田将暉さんへの熱烈なオファーによって実現した楽曲です。

米津さんは、菅田さんの歌声を聴いた時から、この人でないとダメだ!と思ったそうです。

1991年生まれの米津玄師さんと1993年生まれの菅田将暉さん。

同世代で人気アーティスト、人気俳優のコラボということで“奇跡のコラボ”と話題となりました。

灰色と青 歌詞考察!

思い出す「あの日」

袖丈が覚束ない夏の終わり
明け方の電車に揺られて思い出した
懐かしいあの風景
たくさんの遠回りを繰り返して
同じような街並みがただ通り過ぎた
窓に僕が映ってる

「袖丈が覚束ない」は、記憶として疑わしい、曖昧という意味。

季節は夏の終わり。

夏の暑さが終わりそうな、時折秋を感じさせる風が吹く、洋服の袖丈を迷ってしまうそんな季節の変わり目でしょう。

主人公が電車に揺られどこかへ向かっているとき、

車内から見える外の風景に、ふと何か懐かしさを感じます。

だんだんと大人になっていき、これまで歩んできた人生は

どのようなものだったのか、、、

Aメロでは過去を思い出して、懐かしんでいる様子が伝わってきますね。

君は今もあの頃みたいにいるのだろうか
ひしゃげて曲がったあの自転車で走り回った
馬鹿ばかしい綱渡り 膝に滲んだ血
今はなんだかひどく虚しい

あの頃の「君」との思い出はどれも馬鹿馬鹿しく、くだらない日々ばかり。

自転車で走り回ったこと、綱渡りをして怪我をしたこと。

そんな無邪気だった頃のことを回想しています。

そして、大人になってしまった今の現実との差を虚しく感じています。

「君」は今でもあの頃のように生きているのだろうか?

時を経て、変わるもの、変わらないもの

どれだけ背丈が変わろうとも
変わらない何かがありますように
くだらない面影に励まされ
今も歌う今も歌う今も歌う

どれだけ背が伸びて大人になって、時間は過ぎてしまっても、

あの頃の思い出、純粋な気持ち、友情、絆は大人になっても忘れず無くさないでいたい。

そんな想いと、窓から見えた懐かしい風景に励まされています。

忙しなく街を走るタクシーに
ぼんやりと背負われたままくしゃみをした
窓の外を眺める
心から震えたあの瞬間に
もう一度出会えたらいいと強く思う
忘れることはないんだ

2番からはもう一人の登場人物、1番で懐かしんでいた「」が主人公となります。

「君」は忙しく、時間に追われているように感じる日々。

そんなときに思い出すものは、偶然にもあの頃の思い出だったのです。

遠く離れていても、思い出すものは同じ。

「君」とってもあの頃は大切な思い出になっていたのでしょう。

君は今もあの頃みたいにいるのだろうか
靴を片方茂みに落として探し回った
「何があろうと僕らはきっと上手くいく」と
無邪気に笑えた 日々を憶えている

ここでの「君」は1番の主人公へ向けたメッセージということになります。

あの頃は、何があっても2人なら上手くいく!大丈夫!

そう思っていた2人。

この頃の純粋な気持ち、絆、そして無邪気に笑い合った毎日。

仲の良かった2人は、幼馴染で親友のような関係性だったのかと想像できます。

Bメロの歌詞に、覚えるではなく「憶える」という漢字が使われています。

「憶える」の意味は、感情や思考に深く関わる部分に刻み込まれる。

心の深い部分に残っているというニュアンスになります。

心の深い記憶として刻まれている大切な思い出なのでしょう。

おとなになるということ

どれだけ無様に傷つこうとも
終わらない毎日に花束を
くだらない面影を追いかけて
今も歌う今も歌う今も歌う

大人になった今は、傷ついても一人で乗り越えなければいけない時もあります。

でもあの頃の思い出を支えに、日々を過ごす、というように感じます。

朝日が昇る前の欠けた月を
君もどこかで見ているかな
何故か訳もないのに胸が痛くて
滲む顔 霞む色

ここでは再び1番の主人公目線となります。

時間は夜明け前。

暗く長い夜が明ける、ゆっくりとした時間、

そんなことを考えていると、胸が痛み、涙が溢れてくる。

このときを「君」もどこかで見ているのだろうか?

そしてこの曲の中で、初めてという言葉が出てきます。

涙で霞んだ夜明け前の景色、夜明け前の薄暗い景色こそがタイトルの灰色ではないかと想像ができますね。

もしも時間を巻き戻すことができるなら

今更悲しいと叫ぶには
あまりに全てが遅すぎたかな
もう一度初めから歩けるなら
すれ違うように君に会いたい

思い出すあの頃は、どこをとっても笑っていて無邪気なものだった。

あの頃に戻れないかな、と悲しさが込み上げてきます。

もう一度初めから歩きたい、もう一度出会いたい、

そんな切なく後悔している様子が感じ取れますね。

どれだけ背丈が変わろうとも
変わらない何かがありますように
くだらない面影に励まされ
今も歌う今も歌う今も歌う

ラストのサビでは、これまでのサビと違って歌い方に力強さを感じます。

悲しみを感じながらも、前へ進んでいこうという気持ちを込めているのでしょうか。

朝日が昇る前の欠けた月を
君もどこかで見ているかな
何もないと笑える朝日がきて
始まりは青い色

ここでの「朝日が登る前の欠けた月を君もどこかで見ているかな」という歌詞は、

Cメロと同じ歌詞ですが印象が違います。

ラストのサビに続き、前向きな表現になっているようです。

暗い夜を見ていた過去から、今度は明るく晴れやかな

朝日を待ち望んでいたかのようです。

霞む色はもうなく今度は始まりの青い色。

灰色が青へと変わっていく、そんな心情でこの曲の終わりを迎えます。

さいごに

「君」がいない灰色の過去の世界から、新たに始まる鮮やかな青の未来へと歩み始める。

そんな過去と未来を描いた一曲です。

過去は失われるものではありません。それでも日々は終わることなく続き、夜明けのような綺麗な青色を見せてくれます。

この曲のMVはとても美しく、2人の存在感や魅力が詰まっています。

別々の世界で第一線を歩み続ける、米津玄師さんと菅田将暉さんの今後にも注目です!