シャルル【バルーン】歌詞の意味を考察!バッドエンド?歌に隠された衝撃の結末とは!?

今回は2017年発売曲JOYSOUNDカラオケ年間ランキングで堂々の一位を獲得したシャルルについて、歌詞の考察をしていきたいと思います。

どのような歌詞なのか、意外と意識せずに歌っている人も多いのではないでしょうか。それでは早速行きましょう!

シャルルとはどういう意味?誰が歌っているの?

シャルルは現在、YOUTUBEなどで様々な人にカバーされており、原曲を知らないという人もいるかも知れません。

原曲はボーカロイドプロデューサーであるバルーンこと、須田景凪さんによって2016年にボーカロイドであるv flowerを用いてリリースされました。

YOUTUBEにはセルフカバーverが公開されています。

シャルルという言葉の意味は、フランス語圏の男性の名前だそうです。

フランスの哲学者にシャルル・モンテスキューという人がいますが、この名前は学校などで耳にしたことがあると思います。

人の名前を題名にするとはどういう意味があるのでしょうか、歌詞考察を通してその点についても考えてみましょう!

シャルル 歌詞考察

「あなた」との別れ

まずはAメロから行きましょう。

さよならはあなたから言った それなのに頬を濡らしてしまうの
そうやって昨日のことも消してしまうなら
もういいよ 笑って

この曲では「僕」や「私」などの一人称が用いられていないことから、男女ともに共感ができるようなストーリー展開になっているものと思われます。

ここで言う「あなた」とは元恋人のことでしょうか。

「あなた」が別れを告げたのに、泣いているのも「あなた」。

男女の別れが切なく描かれています。

花束を抱えて歩いた 意味もなく ただ街を見下ろした
こうやって理想の縁に心を置き去っていく もういいか

花束は恋人にプレゼントするものだったのか、それともプレゼントされたものなのか。

どちらにせよ、二人の思い出に浸っている様子が浮かんできますね。

しかし、思い出は花束のように鮮やかでも、現実の自分は意味もなくただ街を見下ろしているだけなのです。

見下ろした街には二人の思い出が至るところに詰まっているでしょう。

そんなことを思い出しても今の自分にはなにもないのです。

思い出という理想の中に心を置き去りにしてしまい、今の自分は何も感じられなくなっているのでしょうか。

続いてBメロです。

空っぽの自分に向き合う主人公

空っぽでいよう それでいつか 深い青で満たしたのなら
どうだろう こんな風に悩めるのかな

心を過去に置き去りにしてしまい、何も感じられない自分。

しかし、自分はこのまま空っぽでいようと思っています。

深い青というのは、現実を受け入れ、その悲しみを受け入れるということではないでしょうか。

カラフルな幸せで満たすのではなく、悲しい思い出を受け入れるという意味で、深い青でみたしたとしたら、空っぽな自分も悩むことができるのだろうかと考えているのではないでしょうか。

悩むことすらできない空虚な時間が流れている感じがしますね。

ここからサビに入ります。

愛を謳って雲の上 にごりきっては見えないや 嫌 遠く描いていた
日々を 語って夜の群れ いがみ合ってきりがないな 否
笑い合ってさよなら

飛行機に乗って雲の上を飛ぶと、空は青く、太陽はとてもきれいですよね。

雲がないのですから当然なのですが、そんな美しい風景も自分の濁った空っぽの心では見ることすらできません。

自分は分厚い、暗い雲の下で白黒の世界にいるような感覚がします。

別れに共感し、涙を流すことができる恋人と、なにも感じられない自分は夜通し語っても混ざり合うことはありません。

それなら、お互いに笑って別れた方が良いのではないかという気持ちが読み取れますね。

分かり合えなかった二人

二番Aメロです。

朝焼けとあなたの溜息 この街は僕等の夢を見てる
今日だって互いのことを忘れていくんだね ねえ そうでしょ

夜通し話し合って朝になってしまいました。

しかし、お互いに理解し合うことはできずにあなたはため息をつきます。

自分はこの街であなたと過ごした日々と過ごすはずだった、夢という名の理想を空虚な心で求め続けています。

しかし、あなたはそんなことはせず、この街を見てももうなにもおもいだすことはないのだろうという悲しい問いかけがなされているような気がしますね。

続いてBメロです。

黙っていよう それでいつか 苛まれたとしても
別にいいんだよ こんな憂いも意味があるなら

言いたいことをすべて言えるわけではなく、言いたいけれど言えないことがたくさんあったのでしょう。

そのことを思い出して、悲しくなることがあるかもしれませんが、そんな悲しみも空っぽな自分にとっては必要な色になるかもしれません。

一番にもあったように、深い青で満たされて悩むことすらできない自分にとっては、色そのものが必要なのです。

サビです。

恋と飾って 静かな方へ 汚れきった言葉を 今
「此処には誰もいない」「ええ、そうね」
混ざって 二人の果て 譲り合ってなにもないな 否
痛みだって教えて

ここは解釈が難しいですね。

「飾って」というのは、本当に好きだったのか、それとも、形式的な恋というものに憧れていただけだったのかもしれません。

静かなところで話し合う二人、汚れきった言葉というのはカラフルなあなたではなく、空虚な自分から発される言葉でしょう。

話し合う二人も、結局譲り合ってしまって言いたいことも言えず、結局の所わかり合うことはできません。

主人公は嬉しさや悲しみなど人間的な感情が感じられないが、恋人と一緒にいることで人間らしくなる自分に期待していたのではないでしょうか。

愛情の裏返しである憎しみ

きっとわかっていた 騙し合うなんて馬鹿らしいよな
ずっと迷っていた ほらね 僕等は変われない
そうだろう 互いのせいで今があるのに

ここで注目するべきは互いの「せい」という歌詞です。

思い出が自分にとってプラスならば互いの「おかげ」となるはずです。

しかし、自分は恋人との思い出のせいで空虚になっているんだと相手を攻めるような気持ちが読み取れます。

ちょっと雲行きが怪しくなってきた感じがしますね。

最初は笑ってほしいと思っていた自分が、攻撃的になってきているような感じがします。

愛を謳って雲の上 濁りきっては見えないや 嫌
日に日に増えていた
後悔を語って夜の群れ 許し合って意味もないな 否
哂い合ってさよなら

この曲の最後の歌詞である「哂い合ってさよなら」という部分。

哂う(わらう)とは相手を嘲り、見下したときの笑いを意味しています。

最初は元恋人との思い出に浸っていた自分でしたが、曲の最後には相手を見下しているのです。

これは衝撃的な展開ですよね。

愛と憎しみは表裏一体といいますが、この曲でも、最後にはお互い、理解し合うことができずに相手を見下してしまうのです。

最近の恋愛ソングはきれいな出会いから儚い別れを描くものが多いですが、この曲は人間らしく、現実的な対人関係を描いています。

さいごに

今回はシャルルについて歌詞の考察を行っていきました。

普段何気なく歌っている曲も、分解して解釈するとまた違った良さが見えてきますね。

考察に答えはないので、ぜひ自分なりの解釈を見つけてみてください!